マイスタのバリューを決めた背景

kenishida

こんにちは、ブロガー兼代表の石田です。

マイスタでは、3つのバリューを決めています、というか最近決めました。内容についてはここに書いてあるとおりなんですが、なぜこのタイミングで、この内容のバリューを決めたのかをメモしておこうかと思います。

BBQもやりますが、特にキラキラウェイウェイはしていない社風です

なぜタイミングか

このタイミングでバリュー策定をおこなった理由は、以下の2つです。

1.カルチャーフィットは課題だった

マイスタは、創業からわりと早いタイミングで株式会社メンバーズに売却しましたが、PMIの過程でカルチャーフィットが問題になったことがありました。

メンバーズはB向け事業をやっているのですが、一言で言うと「良い会社」。真面目できちんと仕事を進める、まさにウェブ運用で頼りがいのある人材が集まっているという感じです。彼らは「”MEMBERSHIP”でマーケティングを変え、心豊かな社会を創る」というビジョンを掲げているのですが、新卒が100人以上も入る規模であるにもかかわらず、カルチャーフィットする人材をちゃんと採り続けていて超すごいなーと思います。

一方のマイスタは、C向けのメディアをやっているとともに、M&Aされたとはいえ規模は小さいまだまだベンチャー。本社から出向で人が来てくれることもありますが、お互いのイメージをもっと事前にすり合わせたほうが良いなと感じていました。

もちろん「良い会社」の人はほしいんですが、もう少しアンビシャスな感じというか、野武士みたいにゴリゴリやれる人もほしいなとか。

2. 事業の解像度があがる必要があった

「じゃあ、すぐにバリューを決めれば良いじゃないか」という感じですが、事業や会社を通じて何をしていきたいのか、そのためにどんな組織をつくるべきかを明確にしなければ、バリューを作っても形骸化することが目に見えていました。実際に、以前1度バリューっぽいものをつくったものの、あまり浸透しないままフェードアウトしていったことも。

そこで、事業としての解像度が上がり始めた2018年末のタイミングで、改めてバリューを考えたという経緯があります。

会社は、組織から定義されるパターン(サイバーエージェントなど)と、事業・プロダクトから定義されるパターンがあると思いますが(メルカリなど)、マイスタの場合は「世界を世界に説明する」事業であることが前提で、メディアをやっていくことを核としてブラさない予定です。そのため、ビジョンや事業戦略に紐付いたバリューであることが必須であったため、事業として解像度がある程度まで担保されたタイミングまで待つ必要がありました。

まあシンプルに俺がサボってたというか、まあ後で決めたら良いか…って思ってたらなあなあになってしまったというのもあるんですが。反省しています…。

バリューの意図・背景

バリューの内容については、その意図とあわせて順番に見ていきましょう。

Be Expert 知的好奇心を持った専門家であれ

1番最初に掲げられているのが、このバリューです。マイスタは基本的にはメディア企業、というよりもパブリッシャーであるので、個々人が何らかの分野で専門性を有していることが望ましいと思っています。「プロフェッショナルであれ」というバリューはよく耳にしますが、個人的なイメージとしては

  • プロフェッショナル:報酬に基づいて、それが好きか否かは関係なく、100%以上のアウトプットを出す人
  • エキスパート:もちろんプロである以上、適切な報酬は前提として、対象を好きであることが根底にあって、それ故に100%以上のアウトプットを出す人

という違いがあり、なんとなく弊社っぽいのはこっちだろ、ということでExpertを選びました。

各人がそれぞれ好きなものがあって、その愛ゆえに、小難しい議論を楽しくやれる組織だと良いなーって思います。

Compassion コンパッションを持とう

コンパッションについては、補足で書いてあるのがそのままなので、そこを読めば意図はつたわるかなーと思うのですが、要は規律ある配慮は大事だよねーと。

この問題は個人的によくつぶやいているのですが、会社や資本主義は基本的にメリトクラシー(能力主義)の側面があります。そのため、1つ目のバリューである専門性だけに価値基準を置くと、ある特定の能力が高い人のみ評価される危険性を有しています。

しかしながら、チームというのは「共通の目的を達成するために集まった」組織であり、個人へのフェアな評価は大前提として、チームの目的を上位概念として、そこに個人がどれだけ貢献したかという視点が大事になります。すなわち、単純に「能力が高い人が勝つ」という競争社会ではなく、「それぞれの多様な能力が、どのように組織に貢献したのか」という軸に基づいて、評価やインセンティブが働く組織が望ましいんじゃないかと思います。

余談ですが、これはコミュニタリアンが構想する共通善の追求にかなり近いですよね。ネイション・ステートのレベルで共通善を定義することは困難なものの(*)、企業であれば現実味を帯びるのかもしれないなあと思いました。漠然と。

いずれにしても、この2番目のバリューは概念としても、そしてエグゼキューションとしても1番難しいなあと思います。つくった本人もまだ良くわかっていないですし、運用としてどのようにバリューが徹底されるべきなのかについても不安定なところはあるんですが、試行錯誤していきます。

(*)例えば、国家の戦争犯罪について後の世代が責任を負うべきかという問題は議論を呼ぶものの、企業の責任については合意が形成されやすい気がします。単に規模の問題なのか、アイデンティティが選択的だからなのか、はてさて。

Data & Hack データに基づいて、ハックしよう

最後については、これはパブリッシャーにとって1番大事なバリューだと考えています。

雑な分け方ですが、メディアは思想が強すぎるか、テクノロジーが強すぎるかのどちらか課題を抱えていると思っています。つまり伝えるべき想いが強すぎて儲からないか、パブリッシャーではなくプラットフォーマーとして儲かっているか、のどちらかだと言えます。別に後者は課題ではないか。

いずれにしても、良いパブリッシャーが儲からない問題は数億年前から言われており、少しずつ状況は変わってきていますが、圧倒的な勝者はまだいません。それはすなわち、パブリッシャーでデータやテクノロジーに十分な投資ができているプレイヤーが少ないからでしょう。広義のメディアだと、FacebookやByteDanceやら枚挙に暇はないですが、おなじメディアと言ってもプラットフォーマーとパブリッシャーは全然違います。

コードが書ける書けないと言うよりは(もちろん書けたほうが良いですが)、データや数字に基づいて意思決定をしたり、ちょっとしたハックで10Xの成果を生む方法を考える癖を持った人を育成する企業になりたいと思っています。ベンチャー界隈にとっては当たり前の話かもしれませんが、パブリッシャーとしてこれが出来ているプレイヤーはそれほど多くないはず。

ということで

マイスタでは、このバリューに共感してくれる人を絶賛採用中です。下記のWantedlyからどんどん応募してください。

バリューを決定しました

shinikeda

先日マイナースタジオ社ではバリューを決定しました。

今までもあることはあったのですが、採用をこれから頑張るぞという意味で再度設定し、社内外に周知しました。

詳しいバリューについてはこちらを御覧ください。

今回はこのバリューの中から「コンパッション」についてお話したいと思います。

コンパッションとは

コンパッションは聞き慣れない言葉だと思いますが、直訳すると「思いやり」「慈悲心」となります。

しかし弊社においては、「規律ある配慮」だと考えています。

自由なチームを維持するためにコンパッションが必要

スタートアップやベンチャーの謳い文句の一つとして「自由な社風」というのがあります。マイナースタジオにおいても、メンバーがなるべくルールに縛られず働けることを重視しています。

しかし当たり前ですが、自由な社風の会社だからといって何をしてもいいわけではありません。

そう言うと、「会社に迷惑をかけない限り自由だ」という人がいますが、それもちょっと違います。

それは俗にいう「自己責任論」であり、そのなかで語られるのは、自由と責任のトレードオフです。

自己責任論は一見筋が通っているように見えますが、チームにおいては組織を分断する原因となります。

我々はミッションである“世界を世界に説明する”ために組成されたチームであり、そのミッションを最速で果たすために行動する必要があります。そのためには自由を担保しつつ、組織を拡大していくことが重要です。

チームが自由を行使するために、各メンバーにはコンパッション(規律ある配慮)が求められます。

たとえば、遅刻していい自由はあるが、そこにコンパッションはあるか?ということです。

コンパッションを分かりやすく言い換えると、チームに対する敬意はあるか、ということになります。

マイナースタジオではコンパッションのあるメンバーを募集中です。

「世界を世界に説明する」の今までとこれから

kenishida

個人的な話になってしまいますが、「なんで会社をやってるんですか?」とか「次なにやるんですか」と聞かれることが多く、社内でも「なんで大学院に行ってたのに、会社やってるんですか」と聞かれたことがあったので、ちゃんと自分の考えをテキストに残しておこうと思って、記事を書いてみます。

スタートアップはマイルドなカルト

そもそも前提として、スタートアップはPeter Thileによれば「マイルドなカルト」なわけです。カルトがカルトであるためには、当然ながら教典が必要になり、その教典の良し悪しが、カルトの共振性、あるいは狂信性を定義づけるわけです。

僕自身の性格として、あまり思ってもいない教典を叫ぶことは出来ないので、例えば市場が伸びているとか技術革新や法改正によって新しい市場が急速に立ち上がるといった外的要因は、あまり教典に反映されません。

では、一体どのようにしてマイナースタジオの教典、つまり「世界を世界に説明する」というミッションが生まれたのでしょうか。

世界を世界に説明する

もともと、「世界を世界に説明する」は、フランスの歴史家であるリュシアン・フェーヴルから借りてきた言葉です。フェーブルは、16世紀フランスを専門とする歴史家であり、アナール学派という1つの潮流の創設者として知られています。

彼の研究自体も面白いのですが、高校生か大学生の頃に、この言葉を知った僕は「歴史学によって世界を世界に説明するだなんて、なんてかっこいいんだ!」と思ったわけです。人文学がなんのためにあるのかが問いただされている現在ですが、少なくとも「世の中のことを世の中に説明する」というのは、ア・プリオリに価値があると思っているわけです。

社会との溝

そんなわけで、世界を世界に説明することに関心を持って歴史学者を目指していた僕ですが、一方で社会との溝が大きいことに漠然とした問題意識も持っていました。大学院に行き、歴史や政治哲学を引き続き学んでいたわけですが、一方で、自分が面白いと思うものに社会がそれほど価値を見出していないことに、違和感も抱えていました。

まあ歴史というのは、いわば基礎研究なので、別にいまの時代に評価されなくても良いとも言えます。経済を勉強する人も政治を勉強する人も、物理や化学をやる人も、基本的にはみな「◯◯史」には触れるため、歴史に意味がないなんてことはないどころか、みんなが歴史をやっているとすら言えるのです。

ただし、そこに国からの予算がついて、社会のリソースを投下して研究をするとなると、もう少し学問としての歴史学の必要性・妥当性が明示できると良いなあとか思っていたわけです。

ニュースと専門知の架橋

そんなとき、たまたま自分の書いていたブログが話題になりました。それは当時、THE NEW CLASSICと呼ばれていたもので、自分が大学時代に主宰していた自主ゼミの名前からとったタイトルでした。新しい人文学・社会科学のあり方を古典を通じて学ぼう、という意味でNEW CLASSICという名称だったわけですが、そこでの学びや歴史に関するトピックを書いていたのです。(ちなみに、いまはTHE HEADLINEとして残存しています。)

そのTHE NEW CLASSICに、2014年頃にウクライナについての記事を書いたことがきっかけでした。当時のウクライナでは後の紛争につながるデモが起きており、世界からは大きな注目を集めていました。しかしその注目に比して、日本国内では「そもそもウクライナってどこ?」というレベルで、まともな記事が非常に少なかった現状が。そこで、僕は専門外ではあるものの、ウクライナに関する概説的な記事を書いて、公開したというわけです。

すぐに記事は話題になり、トピックの硬さを考えると非常に多くの人が読んでくれました。僕はそこで思ったわけです。

これは「世界を世界に説明する」じゃないか、と。

考えてみれば、地域研究や外国文化への知見などは人文学の得意とするところです。本来、ジャーナリズムは「専門性が必要な事柄をわかりやすく説明・解説する」というスキルが必須なはずですが、いまの日本のマスメディアが十分それに成功しているとは言い難いことも理解していました。

そこで、専門性の高いニュースメディアをつくるぞと決意し、限りなく専門知を活用することで「世界を世界に説明する」のを決意したのが、2015年に生まれたマイナースタジオのはじまりでした。

バイラルメディアの興隆

時を同じくして、海外で新しいメディアのフォーマットが生まれてきました。BuzzFeedやBusiness Insider、Upworthyなど、いわゆるバイラルメディアです。こうしたメディアのフォーマットを見よう見まねで取り入れていくうちに、1つの事実に気づきました。

堅いニュースは儲からない。

たしかに、初期のTHE NEW CLASSICの記事はバズったし、方向性としては間違っていないが、これでは一企業として立ち上がるまでにかなりの時間が掛かるし、リスクマネーを入れて、どこかでコケたら終わる構造になる、という感覚が強くなってきました。

また、2015-2016年頃におきたメディアの狂騒は、非常に思うところがありました。バイラルメディアの殆どはFacebook寄生のビジネス・モデルでしたが、「これはFBがアルゴリズムを変えたら一気に終わるんじゃないか」という予測は現実のものとなりましたし、日本でもWelq問題が起きるなど、良くも悪くもメディアが注目を集めた時期でした。

いずれにしても、「世界を世界に説明する」のはエラく大変な道のりだぞ、というのは2015年ころから薄々気づき始めていました。

買収

2015年、マイナースタジオは東証一部のメンバーズに買収されました。その経緯はメディアなどでも取り上げてもらいましたが、周囲からの祝福の言葉とは裏腹に、僕が思っていたことは1つだけでした。

それは、なんか儲かるモデルをつくらないとニュースは出来ないぞということ。

NewYork TimesやNewsPicksなどの成功で、少しずつサブスクリプションが成立することがわかってきましたが、BuzzFeedやVoxなどを見ていても、基本的には企業として利益の出る構造をつくらないかぎり、「世界を世界に説明する」以前の問題だということは、十分にわかっていました。

メンバーズグループへの参加によって、経営に関しての知見は少しずつ増えていったものの、一方で自分が思い描く世界からは未だ遠いことも理解していました。

試行錯誤

その後、現在にかけて試行錯誤は続いていきます。そのなかには大きく失敗したものもあれば、うまくいきそうなものもありましたが、自分自身の根底にあるのは、ひたすら「どうすれば世界に世界を説明する余力のある企業がつくれるか」という1点だけでした。

そして結果的に、僕らはバーティカルにメディアをつくるという戦略をとることになりました。

世界に世界を説明するには、新聞社らのコンテンツを集めるアグリゲーターではなく、自身でコンテンツをつくるパブリッシャーであることが必須です。また、収益化という意味では、広告価値の高い専門メディアになる必要があり、そのなかにCVを呼び込む構造であることも求められます。その答えが、現時点ではバーティカル・メディアだったのです。

実際、2-3年に渡る試行錯誤の結果として、フィットネスの専門メディアであるSienaや、仕事やキャリアアップに関するメディアのJOBSTEP、恋愛や婚活に関するメディアのSARASなどが生まれました。いずれも、まだまだ目指す規模には遠いものの、収益化に成功しはじめています。

ドイツの新聞大手アクセルシュプリンガーが、メディアだけでなく、マーケットプレイス型のサービスに投資しているように、より大きく花開くための収穫逓増型のサービスを生み出す必要はありますが、基盤としては少しずつ整いはじめているイメージです。

今後は

ただし現状の規模では、世界に世界を説明するにはかなり程遠いなあという印象です。

朝日新聞の不動産部門も含む売上が3,894億円、産経新聞が1,191億円なので、いくら紙が苦境にあるといえども、かなりの規模。また海外に目を向けると、BuzzFeedは2017年の目標売上390億円が未達という感じだったので、だいたいそのくらいの規模感。

明治10年くらいから150年続くようなメディアと並ぶには、なかなかの時間が必要だろうなあという感じですが、「世界に世界を説明する」とあれば、そのくらいの規模にはなる必要があります。

2020年までにはニュース部門をつくりたいなあと思っていますが、まずはその体力を十分に有した企業をつくることが当面の目標です。

ということで、自分は思い起こせば大学生くらいからずっと「世界に世界を説明する」というミッションに人生をかけていきたいと思っているので、引き続きその道を歩んでいきたいと思います。

「インターネット・クソ文体」に関する覚書

kenishida

社内向けの簡単なメモとして書いた文章ですが、せっかくなので公開しておきます。

はじめに

わたしたちは、メディア企業としてインターネットに蔓延る「インターネット・クソ文体」を拒絶した、まともなコンテンツをつくる必要があります。

まず前提として、「インターネット・クソ文体」とは以下のような特徴を持っています。

・「いかがでしたでしょうか?」という意味不明な問いかけ
・「〜かもしれませんね」など、物事を断定しない知的不誠実さ
・「〜ですね」という過剰な同調要求

上記は事例に過ぎず、こうした文体・知的怠慢さに代表される姿勢を「インターネット・クソ文体」と呼びます。そのため、「インターネット・クソ文体」とはある特定の文体・語法を指したものではなく、コンテンツ全体を覆う思想・在り方だと言えます。

基本的なルール

「インターネット・クソ文体」を判断するためにはケースバイケースでの判断が求められますが、一定のルールを定めることである程度まで回避することも可能でしょう。そこで、簡単なルールを下記に定めます。

  1. 大前提として、「多いのではないでしょうか」といった文章は避ける。ユーザーはメディアに正しい情報を取りに来ており、「いかがでしょうか?」や「かもしれません」、「ではないでしょうか」など曖昧な書き方は基本的に悪。断定できない情報は、「と言われている」や「可能性がある」といった表現が好ましい。
  2. 「◯◯について紹介しますね」「ここまで◯◯について紹介してきました」のように、内容を読めば明らかな事実を確認する行為は無駄である。たとえば、「餃子の美味しい焼き方」について探しに来ているユーザーに対して、「餃子は、美味しく焼けるほうが良いですね」という自明の問いかけをおこなうのはナンセンス。
  3. 同じことを繰り返したり、言い換えたりする冗長な文章は、基本的には品質が低いとみなされる。アカデミック・ライティングとまではいかないが、一文一義を徹底し、パラグラフ・ライティングを意識する。冗長で長ったらしい文章が許されるのは、ポスト・モダニストだけである。
  4. 「しかも」「また」という接続詞は多用せず、用いる場合は必ず前後で論理的整合性があることを確認する。「富士山は高いです。しかも小籠包は美味しいです」という接続は意味不明だが、世の中に散見される。
  5. 「〜です」「〜でしょう」「ます」といった語尾は、少なくとも前後の文でかぶらないようにし、パラグラフ内で連続することがないようにする。
  6. 具体的な企業名・個人名を書く。日本のメディアでは、具体的なサービス名や人名を出して説明することが少ないが、望ましいものではない。「SNS」などの曖昧な書き方をするよりも、FacebookやTwitterといった具体名を出し、企業名であれば「商社」や「広告代理店」ではなく、三井物産や博報堂と書くべき。もちろん実名を出すことは責任を伴うため、憶測で記したり適当に名前を出すことは絶対に避けなくてはいけない。
  7. 上記と関係するが、データやビジュアライゼーションを多用すべき。具体的な数字・データをもとに説得力のある文章であることは必須で、「〜という人が多い」「〜がたくさんある」といった曖昧な多寡を述べることは避ける。

ダメな文

最後に、具体的にダメな文を見ておきましょう。

東京に住む人の中には、東京の中でどこを観光すれば良いかを悩んでいる方も多いのではないでしょうか?実は東京にはたくさんの観光スポットがあるので、どこに遊びに行ったら良いかをもしかしたら悩んでしまうのではないでしょうか。そこでこれから、東京でオススメの観光スポットをかなり紹介します。しかも、たくさんの人が訪れる東京には賑やかなショッピングエリアから、デートにも使えるロマンチックな場所がとてもたくさんあるので、この記事を見て悩んでみてくださいね。(中略)いかがでしょうか?ここまで東京の観光スポットを21個紹介してきました。東京に来る人はみんなどこに行けば良いか悩んでいますが、この記事を見て自分の行きたいところを決めてみてくださいね。

上記の文章、冗談のようですがインターネットには珍しくはありません。論文やレポートまでとは言いませんが、論理的な文章・スマートな文章は、他人に何かを伝える上では必要最低条件となります。ともに、世界から「インターネット・クソ文体」をなくしていきましょう。